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「七郎次が出掛ける先というのは、存外と限られている。」
移動中の車内にて、カーナビにも似たGPS探査機を開いて自宅近辺の地図を睨んでいるのは。入社以降初めてじゃあなかろうか、所用にてとだけ言い残し、唐突に会社を早引けしてしまった特別秘書課の島田室長と。その息子さん…だろか、それにしちゃあ金髪に赤い眸という、いかにも異邦人ぽい風貌の青年の二人連れ。社から出るべく廊下をカツカツと機敏に歩きながら、どこぞかへとメールを打ってた勘兵衛であったが。そんな彼らが一階の正面玄関を出ると、ロータリーになっているそこへ、間髪入れず するするっと滑り込んで来たのがこのボックスカーだったというところが、どんな機動力なのだ、島田一族。手動、つまりは運転していたお人が内から開けてくれた後部ドア。そして、
「勘兵衛様。」
「ひのえか、済まぬな。」
運転席に乗っていたのは、若いのだか壮年なのだか微妙に判りにくい、印象の薄い男性で。作業服っぽい服装の彼であり、運転してきた車も横っ腹に“○○クリーニング”というロゴのあるボックスカーだが、勘兵衛は委細構わず後部シートへと乗り込んでゆく。当然顔で続いた久蔵が座席へ座ったのを見届けたタイミングで、何事もなかったかのように車は発進してしまい。後部座席には、配達途中の仕上がった洗濯物が下がる中、それらを左右に振り分け、外からの視線を遮る存在に仕立てての、GPS探査装置搭載司令室が簡易ながらも出来上がっており。これらの用意をとの所望つきの車、こうまで速やかに用意出来てしまえる島田一族であるらしい。それはともかく、
「携帯電話がなかったというのなら、
拉致されたというのじゃあなく、
恐らくは自分で出掛けていった七郎次なのだろうよ。」
買い物を片付けもせずの、恐らくは手ぶら同然で…というのは、さすがに あまりに無防備が過ぎるが、それだけ…すぐにも戻れようとの目星をつけて出たのだろ。
「何らかの巧妙な呼び出しに乗せられてな。」
そうと付け足しはしたものの、妙に無防備な女房殿へ、こりゃあ帰ったらまずは説教だなと しょっぱそうなお顔になった御主様。
「………。」
自分の携帯を出し、やはり“電源を切っているか、電波の届かないところに…”云々という合成案内を聞いてみているらしい久蔵が、何か問いたげにお顔をこちらへと向けたのへは、
「携帯を持って出掛けた以上、
シチが自主的に電源を落としているとは思えぬ。」
くどいようだが、買い物がそのままだったというのなら、さして遠くへ出かけた彼じゃあなかったはず。たとい、出先で無理強いをされかけたとしても、だったらだったで存分な抗いこなせる、実は練達の槍使いさんだけに。何の騒ぎも起こさぬまま、大人しく攫われたりしちゃあいなかろう。だがだが、現に携帯が圏外にいるかのような反応をすることと、それから。筆跡を偽装したもっともらしい偽のメモが置いてあったということは、
「七郎次の外出を見送った誰かが侵入し、置いていったということになろう。」
「……………。」
わざわざ筆跡を似せている上に、こちら様の家庭の内情を微妙に知っている上で、家人らを揶揄しているかのような文言だったし。そして、携帯の方は、
「呼び出した何者かが、友好的なままで…電波を圏外とするような場所へまで引っ張っていったとみるべきだろうな。」
大丈夫でしょうか、おっ母様のこの無防備さ。ピリピリと警戒し過ぎるのも考えものではありましょうが、これではあっさりと拉致されたも同然なような気が。
「あれで七郎次も一応は島田の人間。」
おっと。聞こえてましたか? 筆者の懸念。(苦笑) というよりも、母上の無事を案じているのだろ、表情が硬いままの久蔵へのお言葉であったらしく、
「呼び出しがかかったといって、誰でも彼でもへと応じはすまいよ。」
そうと付け足し、久蔵が微かながらも…覇気を振り絞って頷いて見せたのへ、まだ持ってました 忌々しいメモをぴらんと摘まんで示した勘兵衛、
「よって。呼び出したのは、七郎次が信用してしまう存在。そして、」
どっから出したか、もう片方の手には赤い印刷が印象的な
「…………年賀状?」
久蔵の思わずの呟きへ、よく出来ましたと鷹揚に頷いた壮年が、その二枚を揃えて差し出して来。何だ何だどういう意味だと怪訝に思いつつも、押しいただいて眺めれば。
「…っ!」
「ま・そういうことだ。」
その双方がまったく同じ筆跡であり。ということは、七郎次がさして警戒しないで、呼び出されたまま素直に出掛けてしまった相手は。奇しくも、久蔵もまたよく知る人であったようで。
「お主がすぐにも帰って来るのに、それを待ちもしないで、ということだわな。」
「………。」
煽ってどうする、勘兵衛様。(苦笑) 最初からさして変わらないようにしか見えぬ、うら若き剣豪殿の透徹な表情だが、それがじわじわと憤怒による微熱をはらみ始めつつあるの、すぐの傍らに感じつつ、
「ところで。今は通じぬ携帯でも、そのような状態へいたる直前までは連綿と電波を放ち続けていたはずだ。」
この車へと搭載された探知装置はの、その残響のようなもの、何度も繰り返させることで追跡出来るフラッシュバック機能がついておる。それによって割り出されたは、
「Q街、ハイビスカス通りの近辺らしい。」
「…っ。(頷)」
◇◇◇
そうやって割とあっさり、居所突き止めた島田さんチの男衆らが、ボックスカーごと隠れ家の宿の庭園へ突っ込んだのが先程の物音だったらしく。…って、こんな突入はいつかどこかでやらかしてませんでしたか。あの騒ぎの折は勘兵衛はいなかったけれど、どうせお務めではお馴染みな荒事に違いなく。猛暑を忘れさす瑞々しい翠も今はどっかへ置いといて、車外へと降り立った、いづれも凛々しき武人が二人。それぞれに木刀か竹刀か、長物の得物をたずさえており、
「覚悟はよしか、良親。」
「……。(如月は)」
久蔵殿の方の心の声は、あいにくと翻訳出来る人材が相手方にはいなかったらしくって。そっか、あの書置きの筆跡は如月くんだったのね。
「おシチへ夏休みをやろて思ただけやんか。」
カジュアルなシャツに木綿だろう普段着らしき砕けたボトム。ネクタイもゆるく結んだラフな格好の美丈夫が、夢見るような白皙の美貌をはんなりとたわめ、そんな応じを返したものの、
「おためごかしは聞けぬな。」
「へえへえ、ホンマはどこにおるやら突き止めるのに、
どのくらい掛かるやろかと思うてな。」
「儂を試そうとは片腹痛い。」
「俺らとしては久蔵のほうが標的やったんえ。」
「…………っ。」
「せやのに。ダミーの書き置き見て、真っ直ぐ勘兵衛はんの会社へ向かうとはな。」
こないして正解に辿り着けはしたけど、どんだけ信用されてへんの?と暗に含んだ物言いだったの、こたびばかりはすぐさま通じたか、
「…っ!」
後ろ向きの爆走にて逃げを打ってた“標的”目掛け、ぶんっと振り抜かれた木刀の一閃で、巻き添えを食った若い桜が1本、見事に折られ昇天してしまう凄まじさよ。
「…あれって木刀ですよね。」
「らしな。さすがに人死に出すんは洒落にならんて思てはるのやろ。」
武装を選べるあたりはまだ冷静やのと、間一髪、ヒラリと飛びのいて避けた総大将様の、舌打ち交じりのお言葉へ、
“お言葉ですが、まともに食い込んでたら十分死んでますって。”
まだまだ若い木だったということは、幹は細いが水気たっぷり、維管束も頑丈であり。刃のある真剣で切りつけたって、そうそう容易く上と下への離れ離れに切り離されはしなかったはずだのに。そんな恐ろしいものを間近で見る羽目になったのは、須磨の支家づきの護衛担当らしい若いのがひのふの…と十人ほど。颯爽とではあるが、ただひたすらに逃げの一手を取り続ける良親の周囲を、一応は取り巻いての守りの陣営をとっている彼らであり、
「如月様は参加されぬのですか?」
「当たり前やろ。あいつは今、おシチのお守りで手ェが塞がっとる。
それに、これはあんたらの抜き打ち試練やていうたやんか。」
泣き言言わんと、ほれほれしっかり守りや…と。本来はもっと俊敏に動けるらしき西の総代、守護陣営に取りこぼしが出るたびに、速度を緩めて合わせてやってるところを見ると、
………ははぁ〜〜〜ん。
「そういう訳らしいから、
久蔵、遠慮はいらぬ、このような悪ふざけが二度と出来ぬように、
馬鹿殿・良親を叩いてやれ。」
「…。(承知)」
「あ、今のんは“承知”やな。」
「良親様〜〜〜っ。我らに久蔵様は荷が重過ぎます。」
せめて、七郎次さんが気づいてくれたらそれでストップがかかるのですが。……頑張れ、明日の島田を背負う若者たちよ。
「暢気なことを〜〜〜っ。」×@
〜Fine〜 09.08.07.〜8.12.
*奇しくもといいますか、
時期を相前後して数人の方からいただいてたのが、
『島田さんチのおっ母様が
“実家に帰らせていただきます”との書き置きを残して
姿を消す(ギャグも可)』
…というものでして。
そんなに波風立たせたいのか、皆さん。(笑)
きっとあれでしょね、
シチさんを巡っての争奪戦が
なかなか起こんないのへ業を煮やされたとか?
先の騒動以降、微妙に勘兵衛様だけが、
我が世の春を堪能しておいでですしねぇ。
*ちなみに、このあと、お騒がせしましたということで、
この風雅な旅亭にて、
豪華な夏御膳を囲む宴へ雪崩れ込んだ皆様だったようでございます。
とゆことは、
シチさんが何処へ何でまた攫われたのか、
傍迷惑な夏の抜き打ち特訓、が、正解でございました。
めーるふぉーむvv 


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